43、土佐の軍鶏(シャモ)№2 (平成29年10月5日)

 噛めば噛むほど味が出る軍鶏肉。 筋肉質なのでうまみ成分が多く、コクのあるのが特徴の軍鶏は、土佐の偉人、中岡慎太郎が坂本龍馬に「おいしい」と薦め、龍馬も好んで食べていたそうです。 慶応3年11月15日、京都近江屋で龍馬は風邪気味だったため、慎太郎と一緒に好物の軍鶏鍋を食べようと、峰吉に軍鶏を買いに走らせました。 しかしながら、峰吉が戻った時には、すでに刺客に襲われ龍馬は亡くなっていました。 幕末の志士達も、軍鶏肉を食べ、元気をつけて明治維新を成し遂げていったのでしょうか。

 軍鶏は、闘鶏用、観賞用、食肉用のニワトリの一品種になります。 本来は江戸期にタイからの輸入種と伝えられていて、伝来以来日本国内で独自の改良育種を施され、1941年「日本に特有な畜養動物」として国の天然記念物に指定された。 日本農林規格における鶏の在来種ともいえる。
 高知では、闘鶏用として飼われている軍鶏同士が行う闘鶏は迫力満点で昔から盛んで、現在も県全域で行われている。 高知県には安田町が建てた「しゃも闘鶏場」があり、全国的にもめずらしい公共の闘鶏場です。 この町は江戸時代より軍鶏の闘鶏が盛んな土地柄だったことから、建設されたそうです。 闘鶏は、毎年12月から毎週日曜日、半年間にわたって行われ、6月の最終日曜日に決勝戦が開催されます。 軍鶏は大きさが70センチから80センチ、体重も6キロほどになり、闘争心むき出しに戦う闘鶏は迫力満点で、誰もが見入ります。 闘いはどちらかが「まいった」という鳴き声をだす、または土俵から逃げ出したり、座り込んだりすると負けになる。 私も数か月前に、年間の勝者を決める戦いを見学する機会があり、闘鶏場の中でなんと90分も戦い続ける、それはすさまじいものでした。 
 
 現在では高知には多くの種類の鶏が飼育されている、本軍鶏以外に、他の品種と掛け合わせた食肉用の軍鶏いわゆる、準軍鶏が多く出回っている。 名古屋コーチンと掛け合わせた「コーチンシャモ」、プリマスロックと掛け合わせた「プリシャモ」等があるが、本軍鶏とはかなり異なる味と肉質である。 その中で、軍鶏の肉は特別に味わい深く、肉は固めだが、何とも言えず美味しいのである。 更に体に良い脂分等が他の鶏とは全然違うのである。 軍鶏肉の味は濃厚で後味はあっさりしていて、しかもヘルシーで女性に特に喜ばれます。 リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸などの不飽和脂肪酸が多く含まれていてコレステロール低下作用などで、とてもヘルシーです。

 闘鶏の本場で幼少のころから育ったN氏は、本業である土木建築の事業を息子さんに譲り、8年ほど前から、本軍鶏の飼育に取り掛かり、本来の軍鶏を安定的に肉食用で供給する仕組み作りに取り掛かった。 闘鶏用の軍鶏を飼うにはかなりの費用が掛かるために、せいぜい一軒で40~50羽が限度で、闘鶏に負けた軍鶏を食肉として供給する程度にとどまるのが通常である。 N氏は、5年程は、全力で闘鶏用にもなる本軍鶏の卵をふ化させ、育て、増やし続け現在では常に1,000羽程飼育するに至っている。 1,000羽を保ち続けるために、年程前からは、毎日卵をふ化させ、軍鶏肉を販売し、鶏ガラからスープを作り販売し始めている。 軍鶏の飼育は難しく特にオスは子供のころから同じ檻に入れるとケンカを始めるのでその管理が大変である。 従って、N氏のように本軍鶏を1,000羽も飼っているところは全国でも見当たらないそうである。
 今後はこの貴重で独特の味わいの美味しい本軍鶏を高知県下で着実に生産販売体制を確立し、調理人とのコラボで、高知でしか食べられない軍鶏料理を研究開発し始めている。 又、海外展開(まずは香港)をも視野に入れている。 地域しかない本物を守り続ける努力は、生産者から流通そして調理人までのネットワークを確立する必要性を感じている。

2017年10月05日