37、土佐の軍鶏(シャモ) (平成29年6月13日)

 来年は幕末維新150周年にあたり、高知、桂浜の龍馬記念館が改築中ということで、その展示物が6月に目黒の雅叙園で展示され、その機会に、高知の食材や観光、そして移住定住を首都圏の皆様にアピールするべく、先日、高知から沢山の食材を持ち込み、南国土佐まつりを開催させていただきました。 私も実行委員の一人として、ご参会ただいた皆様に感謝申し上げるとともに、楽しんでいただいたことと自負しております。 特に、シニアの移住促進に取り組むCCRCのメンバーが実行委員として取り組ませてもらいました。

 高知から持ち込んだ食材の主なものは、中土佐町の鰹、嶺北地区の貴重な赤牛の串焼き、そして、南国の軍鶏、旬の果物である小夏等です。 特に軍鶏は、噛めば噛むほど味がでる、筋肉質なのでうまみ成分が多く、コクのあるのが特徴の軍鶏は、土佐の偉人、中岡慎太郎が坂本龍馬に「おいしい」と薦め、龍馬も好んで食べていたそうです。 慎太郎は高知県の東部地区にある、安田町のお隣、北川村の出身だということもあり、軍鶏が美味しいということを知っていたに違いない。 今でもこの地区では、闘鶏が行われているが、近年、飼育コストが掛かる(お米等よく食べる)ために徐々に飼い主は少なくなっているようだ。
 慶応3年11月15日、京都近江屋で龍馬は風邪気味だったため、慎太郎と一緒に好物の軍鶏鍋を食べようと、峰吉に軍鶏肉を買いに走らせましたが、峰吉が戻った時には、すでに刺客に襲われ龍馬はなくなっていました。 幕末の志士達も、軍鶏肉を食べ、元気をつけて明治維新を成し遂げたのでしょう。 特に龍馬誕生の日には龍馬ファンが集い、軍鶏鍋を囲みながら龍馬談義に花を咲かせます。

 軍鶏は、闘鶏用、観賞用、食肉用のニワトリの一品種です。 そもそも、日本へは、江戸期にタイから輸入されたと伝えられていて、日本国内で独自の改良育種を施し、1941年「日本に特有な畜産動物」として国の天然記念物に指定されている。 軍鶏は本来が闘鶏であるためオスはケージの中に縄張りを作り、どちらかが死ぬまで喧嘩をするため、大規模飼育が難しい。食肉用には気性の穏やかな他の品種との交配種が作られ、金八鶏など品種が定着したものも存在する。また海外にも輸出され、アメリカにおいてはレッドコーニッシュ種の原種ともなっている。
 知人である、N氏は、南国市の物部川の河口近くで、主な建設事業の傍ら、8年前から、本軍鶏を飼育しはじめ現在は1,000羽程飼育している。 元々幼少のころには、軍鶏の本場であった中芸地区で育ったため、飼育に関しても、勘所を抑えていて、3年前から、食肉として安定出荷をされている。 高知県や他の地域でも、軍鶏として販売したり、料理を出したりしている店も多いが、本軍鶏自体が少ないために、安定して本軍鶏を出荷できるのは、N氏に限られていると思われる。 先日の雅叙園ですき焼き風に出された軍鶏は彼の協力により持ち込んだものでした。 野菜もそうですが、生き物の品種を確実に守りながら、飼育することは誰でもできることではないと感じる次第です。 N氏の了解を得て、月末に来る香港のバイヤーにこの土佐の軍鶏を提案する予定です。

2017年06月13日