34、大政奉還150年 (平成29年 5月 3日)

 今から、150年前、土佐藩だった高知県からは坂本龍馬をはじめ、中岡慎太郎、ジョン万次郎、岩崎彌太郎など、今でも語り継がれる多くの偉人が世に出ました。
 黒船来航に沸く江戸での剣術修行を終えて故郷に戻った龍馬に衝撃を与えたのは、土佐藩絵師・河田小龍から聞いたジョン万次郎の話だった。 土佐清水の漁師だったジョン万次郎は、漂流の後アメリカへ渡り、11年後に当時最新の知識を持ち帰った人物。 龍馬は、欧米列強が覇権を競う世界の厳しい現実を知ることになる。 26歳の時、武市半平太が結成した土佐勤王党に加盟、最初に脱藩した吉村虎太郎の後を追い、日本を変える活動に身を投じていく。 そして、江戸で勝海舟の門人となった龍馬は、松平春嶽や西郷隆盛らとのつながりから、日本のため開国による国力増強を必要とし、海運事業を興す。 慶応2年(1866)、盟友・中岡慎太郎と共に薩長同盟を成功させる。 土佐藩も同調し、参政・後藤象二郎は、海運事業への出資や後に三菱グループの租となる岩崎彌太郎の派遣を通じて、龍馬と海援隊を支えた。 活動の集大成は、薩長による武力倒幕の気運が高まった慶応3年(1867)6月のことだった。 無血革命を願う龍馬は、大政奉還を盛り込んだ「船中八策」を提案。 それを受けた後藤象二郎は、前土佐藩・山内容堂に進言。 これが15代将軍・徳川慶喜への建白書となったのだ。 徳川慶喜は、その四か月後、朝廷に大政奉還を上奏。 これが明治維新へとつながり、ここに龍馬の大願は成就することになる。
 龍馬たちを育んだ高知には、温暖な気候、山や川、海の風景、自然の恵みが贈る美味がある。 彼らは、何故こんな豊かな故郷から旅立ち、世界を変えようとしたのか。
 坂本龍馬が京都で暗殺される5日前に書いた書簡が最近確認された。 龍馬は暗殺される直前まで、新国家の建設や財政問題の解決に邁進していた様子がわかる資料である。 「新国家」という言葉から、新しい幕府ではなく、新しい国づくりを目指していたことがわかる。

 この春より、高知県では大型観光プロジェクトとして「志国高知・幕末維新博」が始まっています。 また、この時期に合わせ、土佐の歴史と文化の新拠点として「高知城歴史博物館」がお城の前にオープンしています。 更には、桂浜の「県立坂本龍馬記念館」を改装するために、その展示物が日本の各地で披露されているようです。 この、6月には、東京・目黒のホテル雅叙園東京でソフトバンクとの共催で展示会が予定されています。

 そこで、筆者は仲間と高知への移住(CCRCが中心)と美味で多様な食材並びに観光の促進のために展示期間中の6月5日(月曜)に第六回の「南国土佐まつりIN東京」を盛大に開催するべく準備をしています。 民間で企画・推進していますが、高知県や高知市も後援していただいています。 どうか皆様お誘い合わせの上ご参加下さい。 龍馬ゆかりの自治体は勿論、多くの高知県の企業や団体が参加してくれます。 このような機会を活用して、高知県の農産物や加工品の首都圏への販売、物流・流通の効率化に関しても学習していきたいと考えています。

2017年05月03日